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国連への報告よりも排出量が多い!?

 温室効果ガス、削減議論に影響も

2023年04月20日

地球環境

主席研究員
遊佐 昭紀

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)はIPCC第6次統合報告書を3月に公表した。現在の温室効果ガス排出量の削減ペースでは、地球温暖化を1.5℃以下に抑えるパリ協定の目標は達成できそうにない。そんな現状を再認識させる内容で「状況は想像以上に悪化している」と警鐘を鳴らした。その上、各国の排出量は国連に報告している数値よりも多い可能性が指摘されている。排出量削減ロードマップのベースが崩れる事態にもつながるだけに、温暖化対策の取り組み強化に向けた議論にも一石を投じそうだ。

図表.jpg

(出所)IPCC第6次統合報告書を基に作成

 これからの10年間、我々人類がどれだけ取り組みを強化できるかによって未来の地球環境が決まってくる。報告書の公表を受け、各国は地球温暖化対策の見直しを余儀なくされるだろう。そのためにも、地球温暖化の要因である温室効果ガス排出量を正しく把握することがこれまで以上に重要となる。

実際の観測データを活用

 二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスは我々の目には直接見えないが、削減に向けては排出量を定量的に把握することが、その第一歩になる。一般的に温室効果ガス排出量は、経済活動に伴うモノの生産量やエネルギー使用量、焼却量などを基に、発生するさまざまな温室効果ガスについて、定められた排出係数から計算した推計値としてそれぞれ算出される。そして、この推計値に基づいて今後の削減目標を設定し、温室効果ガス排出量の削減に各国が取り組んでいる。

 しかし、データの収集や算定方法の違いによって、推計値に差異が発生する可能性がある。仮に、各国が算出、報告した温室効果ガス排出量よりも実際の排出量が多かったならば、削減目標や温暖化抑制への取り組みの信頼性が損なわれる。

 このため各国の推計値とは別に、実際の測定データを活用した調査研究が始まっている。国際NGO連合「クライメートトレース(Climate TRACE)」は、人工知能や機械学習などのテクノロジーを活用して、300以上の衛星、1万以上のセンサー、その他多数の排出情報ソースから得た大量のデータを収集、分析している。

「新たな目」に期待

 少し詳しく見てみよう。クライメートトレースは、これまでの方法では温室効果ガスのうち石油やガスなどの化石燃料精製時に発生するメタンのフレアリング(余剰ガスの焼却処分)や輸送時の漏洩などが測定しきれていないと分析する。

 メタンは二酸化炭素に比べ地球温暖化への影響が約28倍(100年間での比較)と極めて大きい。このため、新たなテクノロジーと多くの衛星やセンサーの情報を使い、把握できていない排出量を補完した分析値を示した。この分析値を各国が国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)事務局に報告している数値と比較したところ、クライメートトレースの分析値がUNFCC報告数値を上回っているケースがほとんどで、「実際の温室効果ガス排出量は、 UNFCCCへの報告よりも多い可能性を否定できない」と警告。実際に米国は二酸化炭素換算で2020年に2.99億トン、カナダは2.78億トン、国連報告値よりもそれぞれ多かった。

 2020年の主要先進国の温室効果ガス排出量(UNFCCC報告値とClimate TRACE分析値の比較)
                               単位:億トンCO2-eq
図表.jpg(出所)UNFCCC GHG Profiles - Annex IおよびClimate TRACE 公開データを基に作成

 温室効果ガスは、これまでの推計方法では排出量を正確に可視化できていないのは明らかで、「真の値は、神のみぞ知る」と言っても過言ではないだろう。しかし、新たなテクノロジーを活用すれば、今まで見えなかったものが見えるようになる可能性がでてきた。

 11月にアラブ首長国連邦のドバイで第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)が開催される予定。IPCCの今回の報告書を受け、各国に取り組み強化が求められるのは必至で、温室効果ガス排出量の正確な把握は、効果的な温暖化対策に不可欠だ。持続可能な社会の構築に向けて、温室効果ガス排出量可視化の精度向上が大きな貢献をするのは間違いない。「新たな目」となるテクノロジーの深化に期待したい。

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温室効果ガス排出量可視化(イメージ)

(出所)stock.adobe.com

(注)本条約の正式名称は「気候変動に関する国際連合枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change)」。

遊佐 昭紀

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